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最高裁判所第一小法廷 昭和24年(オ)145号 判決 1951年4月19日

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告理由第一乃至第三点について。

原審は、被上告人が上告人の主張するような選挙費用を支出した事実は認められないとし、かかる支出のあつたことを前提とする上告人の本訴請求を棄却したものである。すなわち、上告人が被上告人の支出したものとして主張する選挙費用中別表第一の(1)の用紙三連代については、被上告人においてこれを支出した事実を認め難いとなし、同上(2)のポスター印刷費、(3)の無料はがき印刷費、(4)、(5)の拡声機使用料、(18)の労務費及び同上第二の(ニ)(ホ)の拡声機使用料等については、被上告人が判示のとおり選挙運動費用収支精算書に掲記し正当に届出をなした分の外は上告人主張のような支出をなした事実は認め難いとなし、また、同上第一の(6)乃至(14)及び同上第二の(イ)(ロ)(ハ)の新聞広告費、同上第一の(15)宣伝ビラ代、同上(16)(17)の名刺代についてはいずれも被上告人の出費にかかるものではなく、判示のとおり新潟県自治確立懇談会、新潟県農業会その他の訴外者の支出したものであり、殊に右の新聞広告及び宣伝ビラの撒布は右訴外者の名において判示の如き目的の下に、それぞれの会務の執行としてなされたものであつて、本件選挙とは全然関係のないものであるとの事実を認定しているのである。そして原審のなしたこの事実認定は原判決の挙示する証拠に照らしこれを肯認するに難くないのである。原審が所論甲第一四号証の成立に関する被上告人の自白の撤回を許容したのは判示のとおりその錯誤に出てたものであることを認定した上でなされたものであり、この錯誤の認定も亦その認定資料とされた証拠によればこれを肯定し得るのであるから原判決には所論のような違法はない。上告人は、所論の新聞広告等は、それが被上告人の立候補届出の前になされたか、その後になされたかを問わず、また、第三者がその名においてこれをなしたか、第三者を代表する資格において被上告人の名でなされたかを論ぜず、いやしくもそれに被上告人の氏名が掲記されてある限り本件選挙の実施に際し被上告人のためその得票に影響することあるべきは勿論であるから、その直接の目的名義の如何に拘わらず被上告人において第三者と連絡しこれを本件選挙に利用する意思あることを推断し得るのであつて、これを本件選挙に関し被上告人のために選挙運動と見ることができる。従つてその費用も亦被上告人の選挙費用として計上さるべきであると主張する。

しかし、既に原審の認定した事実関係が前説示の如くである以上、仮りに所論の新聞広告等が広告掲載者の所期の目的範囲を越えて偶々本件選挙の施行に際し間接的に被上告人の得票に多少影響するところがあるとしても、この一事により、直ちにこれを被上告人の又は被上告人のためにする選挙運動と見なければならないわけもなく、またこれをもつて所論のごとく被上告人との意思連絡を推断することは早計である。従つて原判決において被上告人の全然関知しないところであると認定された名刺撒布に関する費用は勿論、その他第三者の支出と認定された新聞広告料等を被上告人の選挙費用として計上すべきものとする所論には賛同することは件できない。されば原審が被上告人が立候補届出前何時に立候補の決意をなしたか、また所論の新聞広告等が本選挙に関し被告人の得票に如何なる影響があつたかというような点に関し審判することなく、上告人の主張を排斥したからとて、原判決に所論のような違法があるとはいい得ないのであつて、所論は畢竟事実審たる原審がその裁量権の範囲内で適法になした事実の認定を非難するに帰着し上告適法の理由とならない。

よつて民訴四〇一条、九五条、八九条に従い主文のとおり判決する。

この判決は裁判官全員一致の意見である。

(裁判長裁判官 岩松三郎 裁判官 沢田竹治郎 裁判官 真野毅 裁判官 斉藤悠輔)

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